ふたご座流星群は数ある流星群の中でも安定して毎年観測出来る流星群として知られています。
今はこのように定期的に訪れる流星群として知られていますが、

実はふたご座流星群の歴史は案外と浅く、更に特殊な事として
その母体となっているのは惑星です。

ふたご座流星群は流星群の中では少し特殊な流星群なのです。

ふたご座流星群とは

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ふたご座流星群は三大流星群と呼ばれているものの一つで毎年一定数の流星が観測できる
安定した観測しやすい流星群です。
多い時には1時間に100個程を観測する事が出来ると言われています。
観測時期は12月5日から12月20日の間ぐらいで、

12月半ば頃に最も多い時期を迎え、
それが過ぎると急に観測数が減る事が知られています。
観察出来る時間帯も幅広くおよそ一晩中見る事が出来ます。

特に21時頃が見やすいとされていて、
さらに午前2時頃に放射点がほぼ天頂に達する為、
天上から星が降りそそぐような感覚を味わう事が出来、観測におすすめの時間と言えます。

いろいろな流星群の観察ガイドブックを参考に、
三大流星群を見逃すことのないようにチェックしておきましょう。

流星群はそのほとんどが彗星などの残した塵群で、これらは地球と同じように太陽の周りを周回しています。
但しその起動は地球などの惑星の物とは違って長い楕円状となっているとされています。
それらの塵群と地球の公転軌道が交差する時に降りそそぐ、つまりはぶつかって来るのが
流星群と呼ばれる物の正体です。

しかし、ふたご座流星群は実はその母体となる星は彗星ではなく、
惑星であるとの説が今の所有力となっています。

ふたご座流星群の母体フェートン

ふたご座流星群の母体とされているフェートンは、地球と同じように太陽を巡る惑星
いわゆる太陽系の惑星です。
ここであれ?と思う人も多いでしょう。

太陽系惑星と言えば水金地火木土天海の8惑星、どこにもフェートンの名前はありません。
実は太陽系惑星には明確な定義があり、
一定以上の大きさと重力によって太陽を巡る軌道が
ほぼ円形となっている物とされているのです。

それに対してフェートンは大きな楕円軌道を描く小惑星である事から
太陽系の小惑星と呼ぶのが正しいと言えるでしょう。
実はこのような小惑星やもっと小さい太陽を巡る星は一杯あって、
太陽の周りにはその重力に捕らわれた多くの星が様々な軌道で回っています。

その多くは長大な楕円軌道を描いていて時に地球に大接近する事もあります。
彗星もそのような太陽を巡る星の一つです。
ところで、流星群の母体となる星は普通彗星です。

彗星はガスや塵などを纏っていてそれが太陽の重力に引かれて尾を引くように見えます。
これらの塵は母体に置いて行かれながらもその軌道を追従しているのですが、
フェートンは惑星なのでこれらの塵がありません。

しかし、ふたご座流星群は残っています。
その為、フェートンは以前は彗星だったのでは?と考えられています。

最近現れたふたご座流星群

実はふたご座流星群の歴史は案外と浅く、
記録は19世紀以前にはほとんど見当たらないとされています。
つまり1900年代に入ってから発見されるようになり、
1970年に今のような観測数まで上昇したという事です。

これは理屈的に見るとおかしな話ではあります。
彗星から惑星になったのなら当然以前の方が観測数が多いはずで、
現在の方が多いという事にはならないのでは?と単純に考えるとなる訳です。

これについては天文学など分からない素人考えで行くと、3つ程の可能性が考えられます。
1つはフェートンの軌道が地球寄りに変わったのかもしれないという事、
もう1つが実は地球の軌道がちょっと変わったのではないか?

という考え方、最後にフェートンが
なんらかの理由で大量に塵を放出する時期があり、
それが地球の歴史的に19世紀ごろだったという考え方です。

まぁ全部間違っているかもしれませんが、
このように、地球の歴史と天文の記録とを照らし合わせると、
宇宙規模のドラマが見えて来てなかなか面白いですね。

 

星々の生き様

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人間に人間の生き方があるように、星には星の生き方があります。
普通、どこかの恒星系で生まれた星はその恒星の重力に捉えられ、
母体となった惑星と共にその恒星の周りを公転し始めます。

恒星の無い場所で生まれた星は宇宙空間をさまよう内にどこかの恒星、
またはブラックホールなどの重力体に捕まり、
その周りを回るか引きずり込まれるという運命に突入するのです。
こんな風に大雑把に考えると人間と星の運命というより生物と星の運命は似ているのかもしれません。

出会いによってその後の全てが決定付けられるという、
ドラマチックでありながら実は平凡で当たり前の事が世界の法則であるという訳です。
私達は出来れば、良い運命に出会いたいものです。